​政淳寺について

歴 史

開基は親鸞聖人の弟子・信願房(新田氏末裔の藤井八郎信親)であり、鎌倉時代の1256年に三河国の赤渋(現在の愛知県)に浄妙寺を建立しました。

徳川幕府の時代には譜代大名であった酒井氏や旗本の本多氏との関係が深く、両氏が上野厩橋へ移封の折に浄妙寺16代目超意の子・超宗が同行し厩橋城(前橋城)内にお堂を建て寺号を「政淳寺」と改めました。

その後、利根川の氾濫により榎町 (前橋市千代田町)へ移転、さらに昭和47年(1972年)には市中心部の発展のため田口町へ移り、現在に至ります。

境内には「日本近代詩の父」とも呼ばれる詩人・萩原朔太郎の墓地があることでも知られています。

本堂

 

本尊・阿弥陀如来を安置する本堂です。法要、ご法事のほかにお寺という場所へ親しみを感じていただくための催し等にも使用されています。冷暖房や椅子席なども完備しておりますので季節、年齢を問わず安心してご利用いただけます。

​掲示板

 

月々のお知らせ等を掲載しております。毎月変わる法語は時にハッとさせられる言葉や思わずホッとする言葉が掲示されているので、どうぞお楽しみに。

残念ながら見逃された方やなかなか見に行けないという方へもこのWebサイトに掲載しているので是非ご覧ください。 

​淳信文庫

 

仏様の教えや浄土真宗について親しんでいただけるような書籍の貸し出しをしております。ご希望の方はお気軽にお寺の者へお声掛けください。  

​藤井 信行

​ふじい
のぶゆき

第29世 住職

​​真宗大谷派教師​

​藤井 浩行

​   ふじい
​ひろゆき

副住職

​​真宗大谷派教師​

藤井 由加利

 ​ふじい
ゆかり

​坊守

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