【連載】切り絵でみる仏教説話 No3. 三尺三寸箸



連載でお届けしている「切り絵でみる仏教説話」では、主にお釈迦様の前世の姿を説かれた逸話である「ジャータカ物語」を、切り絵を通じて紹介していきたいと思います。


今回は「三尺三寸箸」というお話です。

 ある時、一人の男が地獄と極楽の様子をのぞきに行くことになりました。男はまず恐る恐る地獄をのぞいてみました。すると地獄は丁度食事の時刻でした。男が、地獄の食事とは一体どんなにひどいものが出てくるのだろうかと食卓を覗きこんでみると、なんととても豪勢な食事が並んでいるではありませんか。しかし、地獄の住人を見てみるとガリガリにやせ細り、誰一人としてその御馳走を口には出来ません。これはどうしたものかと、男がさらに注意深く見ていると、地獄の住人達はそれぞれ手に三尺三寸ほど(1mほど)の長い箸を持っているではありませんか。あまりに箸が長いため、どんな御馳走があったとしても、誰一人として御馳走を食べることが出来ないのでした。男は「こんな世界は嫌だなぁ」と地獄を後にしました。

 次に男は極楽をのぞきに行きました。極楽もまた丁度食事の時刻でした。そして驚いたことに極楽の住人も地獄の住人と同様、豪華な食事を目の前にし三尺三寸の箸をそれぞれ持っているのでした。しかし、極楽の住人はその長いお箸を使い、朗らかな表情で目の前の人にご飯を食べさせ合っているのでした。その様子を見た男は驚きつつも黙って元の世界へと帰っていきました。

幼い頃にこの話を聞いた私は、とても驚いたことを覚えています。何故ならば、私は勝手に地獄は悪い場所、極楽は良い場所と思い込んでいたからです。しかし、物語の中では地獄も極楽も全く同じ有様で、唯一違ったのは「この私さえよければいい」という心で振る舞うか、あるいは「他の人の為に」という心を忘れずに振る舞うかという点だけでした。主人公の男性が黙って元の世界に戻って行くその姿は、自らがいつの日か落ちるかもしれない場所として地獄を想像し恐れるのではなく、そしてまだ見ぬ未来に極楽を願うのでもなく、自らの今現在の在り方を振り返る大切さを教えてくれている様な気がします。

今後も「切り絵で見る仏教説話」では、ジャータカ物語に説かれている仏様の教えを皆さんと一緒に読み解いていけたらと思います。(フリーペーパーののさま掲載記事)



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